大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和28年(あ)5047号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

検事長代理検事長部謹吾の上告趣意について。

所論の要旨は、原判決は被告人を懲役二年に処し、第一審の未決勾留日数中百日を右本刑に算入すると言い渡したのであるが、未決勾留は、原判決が無罪とした詐欺の公訴事実を原由とするものであるから、この日数を勾留の原由となっていない他の公訴事実により有罪とされた本刑に算入することは、大審院判例に違反するというにある。よって記録を調べてみると、検察官は被告人に対する四個の詐欺及び一個の横領の各事実につき昭和二七年七月一二日静岡地方裁判所に公訴を提起し、さらに被告人に対する一個の横領の事実につき同年九月三〇日同地方裁判所に公訴を提起し、同地方裁判所は、右六個の公訴事実を併合審理した上、昭和二八年一月三〇日右各事実全部を有罪と認め被告人を懲役三年に処する旨の判決を言い渡し、これに対し被告人は翌三一日東京高等裁判所に控訴を申し立て、同高等裁判所は同年八月一七日第一審判決を破棄し、前記四個の詐欺事実中三個の詐欺事実及び二個の横領事実を有罪と認め、前示のような判決を言い渡すとともに、その理由において残り一個の詐欺事実すなわち被告人が大塚誠司を欺罔して同人から砲金八貫七百匁位を騙取したとの点については、結局犯罪の証明が十分でないことに帰するとして、主文において無罪を言い渡したことが認められる。そして未決勾留については、被告人は第一次の公訴提起前の昭和二七年七月四日静岡地方裁判所裁判官早田福蔵発付にかかる勾留状によって勾留され、その後この勾留は一二回更新され、原判決の宣言の日にまで及んだのであるが、右勾留状に記載する被疑事実の要旨は前記無罪の言渡を受けた一個の公訴事実と同旨の事実だけであること、及び原判決が有罪の認定をした被告人に対する前記三個の詐欺及び二個の横領の各事実については、勾留状が発付されていないこと所論のとおりである。ところで検察官が同一被告人に対し数個の被疑事実につき公訴を提起した場合、それが一個の起訴によると、またはいわゆる追起訴によると、さらにまた各別個の起訴によるとを問わず、そのうち一つの公訴事実についてすでに正当に勾留が認められているときは、検察官は他の公訴事実について勾留の要件を具備していることを認めても、それについてさらに勾留の請求をしないことがあるのは、すでに存する勾留によって拘束の目的は達せられているからであって、このような場合、数個の公訴事実について併合審理をするかぎり、一つの公訴事実による適法な勾留の効果が、被告人の身柄につき他の公訴事実についても及ぶことは当然であるから裁判所が同一被告人に対する数個の公訴事実を併合して審理する場合には、無罪とした公訴事実による適法な勾留日数は他の有罪とした公訴事実の勾留日数として計算できるものと解するを相当とする。されば本件において原判決が無罪とした公訴事実につき発せられた勾留状の執行により生じた未決勾留日数の一部を他の有罪の言渡をした公訴事実の本刑に算入する旨言い渡したことをもって違法ということはできない。所論引用の大審院判例は前示の趣旨に反する限り変更すべきものであるから所論は採用できない。

その他記録を調べても、刑訴四一一条を適用すべき事由は認められない。

よって刑訴四〇八条により裁判官垂水克己の補足意見ある外全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。

被告人が甲事件(公訴事実)について勾留を受け起訴せられた後、乙事件(公訴事実)について不勾留のまま起訴せられ、甲、乙両事件が公判で併合審理せられた場合には、甲事件のために勾留を継続する必要がなくなれば、たとえ乙事件について勾留の必要があっても甲事件の勾留は継続すべからざるものであり、甲事件の勾留を乙事件に利用すべきでなくその場合若し乙事件について勾留の要件が具わっていて裁判所がその必要があると認めたときは新たに乙事件について勾留状を発すべきものであるこというまでもない。けれども、両事件を併合したからには先ず甲公訴事実だけの証拠調乃至弁論を終了し被告人の勾留を解いた上乙公訴事実の証拠調乃至弁論に入るというような方法は殆んど併合審理の意味を失わせるものであるから必ずしも採ることができない。従って併合審理の場合には、実質上、乙公訴事実に関する検察官、弁護人等の公判準備の都合等による公判期日の遅延、証拠調に多量の時間を要すること、証人の不出頭、法廷秩序違背或は忌避など諸般の事情によって乙公訴事実の審理に多くの日時を要し、そのため甲公訴事実の証拠調も遅延し従って元来甲公訴事実のためにのみ始められた勾留も、甲公訴事実について被告人を釈放すべき理由のない限り、甲公訴事実だけを分離して審判する場合に比し、より長く継続させるほかないことも生じ得るのである。かような併合による勾留日数の延長は被告人のために酌量せられてよい事情である。他方、甲公訴事実のための勾留は、事実上、乙公訴事実を含む併合事件の審判のためにも被告人の公判への出頭と罪証を隠滅しないことを確保することとなるから、乙事実を含む併合事件に役立つ結果となる場合もあり得る訳である。そうだとすれば併合審理の結果、右甲公訴事実について無罪、乙公訴事実について懲役刑を宣告する場合に、甲公訴事実(事件)についての未決勾留日数を乙公訴事実(事件)の懲役刑に通算することが適当な場合もあり得るのであって、かような通算を一概に違法として排斥すべき理由はない。

(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 本村善太郎 裁判官 垂水克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例